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静岡地方裁判所 昭和52年(ワ)365号 判決 1978年4月14日

原告

坂根崇子

被告

湯場多喜男

主文

一  被告は原告に対し、金一、〇四九万二、八〇〇円とこれに対する昭和五一年一月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対して金二、三六八万八、七三一円およびこれに対する昭和五一年一月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第一項について仮執行の宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因)

第一当事者

被告は普通乗用車(車両番号 静岡五ひ八九三一)の所有者であり、原告は志村交男の運転する藤枝タクシーの営業車に乗車していた者である。

第二事故の発生

一  日時 昭和五一年一月一六日午後六時五三分頃

二  場所 静岡市丸子一、二九二番地地先国道一号線路上

三  事故の態様・原因

被告が時速四〇キロメートルで進行中、自車のハンドルの異音に気をとられ前方注視不十分のまま進行したため渋滞により停止した前車赤堀運転車両に追突させ更に岡田運転車両を原告同乗中の志村交男運転車両に追突させたものである。

四  結果

右追突事故によつて志村交男運転車両後部座席に同乗していた原告が外傷性頸部症候群、右下腿、足部挫傷、更に後記する両調節衰弱等の眼の傷害を負つたものである。そのために現在原告は常時頭痛、頸部痛、背筋痛、上肢の電撃用疼痛に悩まされ、嘔吐を催すことはたびたびで、食欲不振が続き、睡眠もままならない状態が続いている。更に右受傷による視神経萎縮によつて両眼の障害に悩まされている。すなわち昭和五二年二月七日付の小川昌之作成の診断書によると視力は左が〇・四(矯正して〇・五)、右が〇・五(矯正不能)であり視野についても八方向の視野の角度合計が左一五〇度、右一六〇度で正常視野の三分の一程度である。いずれにしても自賠責後遺障害等級表の第九級一号(両眼の視力が〇・六以下になつたもの)、第九級三号(両眼に視野狭窄を残すもの)に該当することは確実である。前記した外傷性頸部症候群の各症状は少くとも第九級第一四号(神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)に該当することは間違いないので後遺障害が三つあることになり繰り上げ操作をすると第七級に該当することになる。(眼の障害が二つあるので繰り上げすると八級になり更にこれと外傷性頸部症候群の後遺症第九級を一級繰りあげると第七級になる。)自賠責静岡調査事務所段階の査定においても第七級相当(但し外傷性頸部症候群の後遺症は第一二級第一二号と認定されたが、眼の障害が二つあるので繰りあげすると結果的には結論は同一になる。)と判断されこの結果は右事務所の担当職員を通じて非公式に代理人にも伝えられるところであつたが、念のため本部にうかがいをするとのことであつた。ところが、これは本部の原告を一度も診ていない査定によつてひつくり返された。その後原告代理人の希望と静岡調査事務所の要請によつて原告は右事務所の嘱託医である静岡赤十字病院の眼科の伊予田医師に診断してもらつたが、結論は主治医の小川医師と同一で右後遺症は交通事故によるものであるとのことであつた。しかしながらこの判断も最終的に原告を診ていない本部に簡単に一しゆうされてしまつた。原告は本件交通事故にあう前は視力、視野とも正常であり、両眼に存在する後遺障害は本件交通事故の受傷によるものであることは間違いない。

五  原告は本件事故によつて前記の傷害を蒙り左記の如く入院、通院を余儀なくされた。

(1) 伊東医院

昭和五一年一月二八日から同年五月一四日まで入院し(入院日数計一〇八日間)翌日から同年一一月三〇日まで通院し(同日までの実通院日数九八日)現在も通院を継続中である。

(2) 小川眼科医院

原告は眼の症状がひどくなつたため右伊東医院の伊東医師から、専門医である小川眼科医院を紹介され、昭和五一年九月八日から昭和五二年二月七日まで通院し(通院実日数二五日)現在も通院することがある。

第三事故の責任

(1)  第一次的に自賠法第三条に基づく運行供用者責任

(2)  第二次的に民法第七〇九条に基づく責任

第四原告の蒙つた損害

一  医療費 金三三万二〇〇円

二  入院中の雑費 金六万四、八〇〇円

伊東医院入院中の雑費として

一〇八日×六〇〇円=六万四、八〇〇円

三  休業中の損害 金一五七万五、〇〇〇円

原告は本件交通事故当時、東名高速道路焼津インター附近においてラーメン屋「喜一」を経営し、売上げの中から金一五万円を毎月の給与として受領していたが、本件交通事故により昭和五一年一二月半ばまで計一一ケ月間休業を余儀なくされたが伊東医師診断の後遺障害の症状固定日が同年一一月三〇日であるので本訴においては一〇ケ月半の休業損害を請求する。

一〇・五ケ月×一五万円=一五七万五、〇〇〇円

四  通院交通費 金一二万三、〇〇〇円

原告は伊東病院と小川眼科医院に少くとも計一二三日間通院している。通院にはバスの便が悪く自宅からタクシーを使わざるを得なかつた。タクシー代は往復一日一、〇〇〇円は下回らない。

一二三日×一、〇〇〇円=一二万三、〇〇〇円

五  ラーメン屋「喜一」売却による損害 金一五〇万円

前記したように原告は昭和五〇年四月一六日山海食品商業協同組合から店舗を月五万円の約定で賃借し内装、什器備品等に金三〇〇万円かけラーメン屋「喜一」を経営し、朝七時頃から夜の九時頃まで労働し、月に平均七〇万円の水揚げをしてきた。しかるに、本件交通事故による原告の受傷により「喜一」の営業を継続することができなくなり昭和五一年六月一六日訴外中村元彦に「喜一」の営業権、什器備品一切を金一五〇万円で売らなければならない破目になつた。(原告は姉より借金して「喜一」を経営し始めたのだが交通事故により返済能力がなくなつたのでやむなく売却しこの金を姉に借金の一部として返済したものである。)この金一五〇万円は本件交通事故と相当因果関係にある損害といえる。

六  労働能力の一部喪失による逸失利益 金一、六五〇万九、九三一円

原告は本件交通事故によつて前記したように自賠法施行令別表所定の第七級に相当する後遺障害を蒙り、その労働能力喪失割合は五六パーセントを下回ることはありえない。原告は後遺障害固定時である昭和五一年一一月三〇日現在満四一歳(昭和一〇年六月二六日生)であり就労可能年数は二六年である。眼の障害は神経萎縮によるものであるから不可逆的(一生継続する。)であるので労働能力喪失期間は二六年間とする。そこでホフマン方式により中間利息を控除して計算すると次の如き損害となる。

(金一五万円×一二ケ月)×一六、三七八九×56/100≒一、六五〇万九、九三一円

七  傷害による慰藉料 金一二〇万円

原告は働き盛りの女性であり労働を生きがいにしてきたが、本件交通事故による受傷の為常時頭痛、眼痛、めまい等に悩まされ視力の低下の為テレビ、新聞等を読むこともままならず、視野狭窄が存在する為街頭の一人歩きも思うようにならない。このように心身に甚大な損害を蒙つているので傷害による慰藉料は入院、通院状況からいつて金一二〇万円が妥当である。

八  後遺障害による慰藉料 金五六一万六、〇〇〇円

原告の前記後遺障害第七級による精神的損害は自賠責後遺障害第七級の保険金六二七万円の八〇パーセントである五六一万六、〇〇〇円が相当である。

第五一部弁済による損害の充当 金五二三万二〇〇円

被告は本訴提起時までに治療費として金三三万二〇〇円、その他として金四九〇万円の支払を原告に対しなしているので右損害合計額二、六九一万八、九三一円から右額金五二三万二〇〇円を差引くと金二、一六八万八、七三一円となる。

第六弁護士費用 二〇〇万円

原告は原告代理人に訴訟提起を依頼せざるを得ず確定判決時に認容額の約一割相当額を弁護士費用として支払うことを約束した。右額は二〇〇万円が相当である。

第七結論

よつて原告は請求の趣旨記載の如く金二、三六八万八、七三一円及びこれに対する本件交通事故の発生日である昭和五一年一月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一  第一は認める。

二  第二の一乃至三は認める。第二の四は不知。

原告の後遺症については、自動車保険料率算定会において、再度にわたり、第一二級第一二号に該当するものと査定されている。

三  第四は不知。損害額は争う。

四  第五の弁済額は認める。

五  第六、第七は争う。

(証拠)〔略〕

理由

第一  請求の原因第一及び第二の一ないし三の各事実は、当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一、二号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件追突事故によつて、原告主張の傷害を受け、主張の病院に入通院し、治療を受けたことが認められる。以上の認定事実によると、被告は運行供用者として原告が本件事故によつて受けた損害を賠償すべき義務がある。

第二  そこで、原告が本件事故によつて受けた損害について、以下検討を加える。

一  医療費 金三三万〇、二〇〇円

請求の原因第五記載のとおり、原告が本訴提起までに医療費として三三万〇、二〇〇円を要したことは、明らかである。

二  入院中の雑費 金六万四、八〇〇円

原告は、伊東病院に一〇八日間入院したことは前示のとおりであり、入院中の雑費として一日当り六〇〇円を下らない金額を要するものと推認しうるから、その総額は六万四、八〇〇円となる。

三  休業中の損害 金一五七万五、〇〇〇円

前示認定の入通院の状況及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故前ラーメン屋を営業し、月収一五万円をえていたところ、本件事故により、少なくとも一〇ケ月半の休業を余儀なくされ、合計一五七万五、〇〇〇円の損害を受けたことを認めることができる。

四  通院交通費 金一二万三、〇〇〇円

原告は、前示のとおり、一二三日間通院し、原告本人尋問の結果によると、右通院にはバスの便が悪く、又原告の症状がわるかつたのでタクシーを利用せざるをえず、その代金は往復で一、〇〇〇円を下らなかつたことが認められるから、交通費の総額は一二万三、〇〇〇円となる。

五  ラーメン屋「喜一」売却による損害 金一五〇万円

証人原田幸子、同久富亮一の各証言及び同証言により成立の認められる甲第四号証の二一、原告本人尋問の結果を総合すると、請求の原因第四の五記載の事実が認められる。以上の認定事実によると、原告は、本件事実により、営業を続けることができず、一五〇万円の損害を受けたものというべきである。

六  労働能力の一部喪失による逸失利益 金七〇三万円

成立に争いのない甲第一、二号証、甲第二〇号証(静岡赤十字病院に対する鑑定嘱託の結果)、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第五号証、証人原田幸子、同久富亮一の各証言、原告本人尋問の結果、同結果により成立の認められる甲第一九号証を総合すると、次の各事実が認められる。

1  原告は、本件事故前には、身体的に格別の異常がなく、視力も正常であつたこと。

2  原告は、本件追突事故による外傷性頸部症候群にかかり、頸項部痛、頸部回旋障害、疲労性頭痛、めまい、嘔吐などの自覚症状を訴え、他覚的な所見はないが、治療すると一時軽快するが、又悪くなつて昭和五一年一一月末日ころでは右症状は固定化しつつあつたこと。

3  原告は、事故後視力が低下し、両眼とも〇・六以下となつて矯正不能の状態となり、両調節障害、眼精疲労、高度の求心性視野狭窄が現れたこと。

4  昭和五三年二月末現在において、原告の外傷性頸部症候群と思われる症状は若干軽快し、視力障害も矯正視力が左眼一・〇右眼〇・八と改善し、視野狭窄も僅かよくなつたが、調節麻痺を残していること。

5  原告の視力及び視野障害と外傷性頸部症候群との因果関係は、証明できないが、精神的打撃を考慮すれば無関係であるとは言い切れないこと。

6  原告は、昭和五三年二月現在頭痛、嘔吐、手のしびれ、首背中の痛みなどで、夜もよく眠れず、物を持つことができず、歩くとつまずき、家事労働も殆んどできない状態であり、新聞、テレビなども満足に見えないこと。

以上の認定事実によると、原告は、本件事故前は、前示のような異常がなかつたというのであるから、この点について特段の立証のない以上、前示の他覚的及び自覚的な原告の症状は、医学的に頸部外傷との間の関連性が否定できないものとして、一応本件事故による傷害に起因するものと推認して差支えないものと考える。そして、これらの症状は、事故後二年を経過した現在においても残存し、今後も相当の期間継続するものと推測されるところ、前示のとおり、日時の経過とともに若干の改善のあとが見られることなどを考えると、回復不可能であるとの立証のない本件では、神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものに準じ、前示休業期間の経過した日である昭和五一年一二月一日を基準として、今後少なくとも一〇年間にわたり、その前後を平均してその労働能力の少なくとも五〇パーセントを喪失したものと推認するのが相当である。

そうすると、原告は、前示の月収一五万円の割合により、右喪失率によるうべかりし利益を失つたから、月別ホフマン式計算法により、一三〇・五ケ月の係数一〇四・〇三五四から一〇・五ケ月の係数一〇・二五五四を控除した係数九三・七八を月収一五万円に乗じて、事故時の現在価を求めると、原告の逸失利益の総額は金七〇三万円(万単位未満切捨)となる。

七  慰藉料

前示本件事故の体様と被害状況その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故によつてうけた苦痛に対する慰藉料の額は、本件事故日を基準とし金四五〇万円が相当である。

第三  以上によると、原告の損害額は合計金一、五一二万三、〇〇〇円になるところ、被告からの弁済額が五二三万〇、二〇〇円であることは当事者間に争いがないから、これを前示第二の一ないし六の順序で充当し、これを控除すると、残額は九八九万二、八〇〇円となる。

第四  本訴の経過と認容額に照らし、弁護士費用は、事故時を基準として、金六〇万円が相当である。

そうすると、被告は原告に対し、金一、〇四九万二、八〇〇円とこれに対する本件事故日である昭和五一年一月一六日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

第五  よつて、原告の本訴請求は、以上の限度において相当であるから認容し、その余は失当として棄却すべく、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安田實)

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